青い空への軌道

大分で出会えた『宮沢正史選手』との縁を大切にしています。

■明日への足音 ■ 25 

 

asuheno

■明日への足音■

■著 :  清武 弘嗣

2011年8月、清武弘嗣は初のA代表に21歳で召集された。札幌での日韓戦でいきなりの2アシストを決め、鮮烈な代表デビュー。しかし、本人はこの時の心情をこう記す。
「代表選出の話を聞いた瞬間、『えっ、マジかよ』って思った。俺にはまだ早すぎるって。(中略)合宿に合流すると言われた時、真っ先に思ったのは「緊張するなあ」ということだった。俺は人見知りが激しく、特に初対面の人は苦手。合宿の朝食は8時からだが7時半に一人で行き、さっさと食べて部屋に引きこもっていた。夜の自由時間も自分の部屋に閉じこもり、一人でゲームをしていた。たった3日間だったけど『早く帰りて~』って毎日思っていたもん」――素顔の清武弘嗣は、意外にも「恥ずかしがり屋で人見知りで謙虚で超マイナス思考」。が、一旦ピッチに入ると人間が豹変する。神業的スルーパス、驚異の運動量、強烈なミドル、ピンポイントFK……。日本サッカー界の未来を担う若きMFが、初めて綴った自分史。天賦の才だけで順調にトップ選手に上りつめた印象の裏にある、想像を絶する、努力と挫折。がむしゃらに走り続けてきたその半生を明かす!


【編集担当からのおすすめ情報】
17歳。極めて貴重な1年間を清武弘嗣は病気と怪我で棒に振った。
「保育士を目指して、将来は子供たちと楽しくサッカーをやろう」とまで決心した。
彼は、いかにしてこのどん底から日本代表にまで上りつめたのか?
「夢を叶えられる人は、わずかしかいない」だから「がむしゃらに走り続ける」、そんな半生を清武弘嗣自身が初めて綴った!




たまたま、図書館に「大分のスポーツ」というコーナーが設けられていて、

読んでみることに。

ユースの時から見ていて、

トリサポならキヨは「うちの子」(セレッソさんもかな?)

息子感覚でずっと応援しています。



これ読むと、キヨがあ~、あの時こんな事考えていたんだとか、

降格の時にはチームはこんな感じだったのかとか、

小さい頃からの自分に素直に向き合って書かれています。

知ってる選手のコメントも載っています。


そして、大分弁が嬉しいと思う私でした。

すんなり、入ってきますもんね。


どんどんサッカー選手として大きく成長をしているキヨをこれからも見守り続けたいと思っています。
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category: 読書

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